インテリアデザインの根幹は“人”にあり。

何も知らない幼稚園から将来の夢はデザイナー

大きくなったら何になりたい?

幼稚園や小学校でそう質問された経験は誰にでもあるはずだ。
だが、大人になってから振り返ってみたとき、幼少時代のその夢を実現できた人は果たして何人いるだろうか。

西脇一郎は、その一人である。
「今でも覚えていますが、幼稚園の頃、先生に将来の夢を訊かれて『デザイナー』と答えたんです」

当時、デザイナーというのがどんな仕事かもよく知らなかったという。
しかし、幼かった当時の西脇の周囲には、広義のデザインを生業とする人々が大勢いた。

「私の場合、父母の兄弟が皆クリエイティブ系の職業でしたから。
逆に、普通のサラリーマンだったのは父くらいのものでしたね」

西脇自身がそう述懐するように、親戚の職業は、広告代理店勤務、百貨店のディスプレイ設計者、
建築家、家電デザイナー、宝飾デザイナー……等々。
幼稚園児だった西脇が祖父の実家を訪れたとき、
製図机に向かって颯爽とペンを握る伯父たちの姿が、眩いばかりにかっこよく映ったのだという。

「小学校に上がる頃には、製図文字というか、図面に文字や数字を書き込むときに使う、
右30度くらい傾いた丸っこい文字をさかんに真似して書いたものです(笑)」

また、母の教育方針もあって、幼少時から性別にこだわらず赤やピンクのファッションを着用、
絵画教室にも通うなど、後に思えばデザインと身近な育ち方をしたという。

中学1年生のとき大阪に転校したことがきっかけで、一時デザインの道から遠ざかったものの、
高校卒業後には、デザイン関係の予備校に通うようになる。

第一志望であった武蔵野美術大学の受験には失敗したものの、
西脇は日本有数のデザイン専門学校として知られる桑沢デザイン研究所に進学した。

商業デザインの世界でプロとして生きる

「デザインには大きく分けて、商業デザインとアートデザインとがありますが、
私の場合は出発点から商業デザインの世界でした」

専門学校時代から叔父の仕事を手伝って百貨店のディスプレイ製作のアルバイトをするなど、
西脇は徐々にビジネスとしてのデザインに携わっていく。

「しかし、ディスプレイというのは、イベントが終われば取り壊されてしまうものです。
そこで、後々まで残るものをやりたいという気持ちが、店舗デザインを手がけるようになるきっかけでした」

西脇がプロのデザイナーとして第一歩を踏み出した頃、世はバブル最盛期。

当時は、現在ではとても信じられないような潤沢な予算が与えられ、
一棟の建物の中でドアの把手を一つひとつ違ったデザインに仕上げるなどの
凝った施工をすることも可能な時代であった。

だが、西脇がキャリアを積み重ね、いよいよ独立した直後、バブル崩壊とともに状況は一変した。

「予算に合わせて、内装にしても本来なら石貼りで仕上げる予定だったところを塗装するだけとか、
さまざまなデザイン上の努力が必要な時代になってきました」

営業効率を高めるため、住宅デザインのような長期スパンの仕事よりも、
あまり時間をかけずに数をこなせる商業デザインの仕事が多くなったのは必然であった。
独立後、しばらくは無我夢中で仕事に取り組んできた西脇だが、
デザインの仕事そのものに苦しんだという記憶はあまりない。

要求の厳しい施主や業者との人間関係やコミュニケーションの問題などに悩んだこともあったが、
同時に学ぶことも多かったという。

積み重ねてきたそれらの経験を通じて、西脇はデザインに対する独自の考えを持つようになる。

成果を出さなければ仕事は終わらない

「良いデザインというのは、作ったものに自分が満足できるかどうかではありません。
お客様にとって、デザインが成果として貢献できるかどうかが肝心なのです」

そう語る西脇の手がけた店舗やオフィスは、事実、完成後に売上が伸びるという成果を上げている。

施主に引き渡した後のことまでは関知しない、
という割り切ったスタンスのデザイナーも存在するなかで、
こうした西脇の姿勢は、クライアントから厚い信頼を寄せられている。
自分の手がけた店舗が繁盛している、と耳にすることが単純に嬉しいのだと西脇は言う。

「部分的な意匠については、他人が真似をすることもできるでしょうが、
成果については誰にも真似することはできません」

数々の実績によって裏付けられた西脇の自負と考え方は、
西脇一郎デザイン事務所のスタッフ全員に共有されている。

「スタッフは、西脇一郎デザイン事務所の看板で仕事しているのですから、
彼らが外部に対して自信が持てる会社にしたいですね。
会社はチームであり、スタッフはファミリーであると思っています」

かつて伯父の背に憧れた少年は、今では数多くのスタッフを背後から見守る存在となった。
西脇のデザインの根幹には、常に一人ひとりに対する暖かい視線があるようだ。

最後に、幼少時の夢を実現した西脇に、今後の夢を訊ねてみた。
「今のところ、私が直接デザインを手がけるケースが多いのですが、
ゆくゆくは、私は総合プロデューサーのような立場で、
大勢のスタッフを仕切るやり方にシフトしていかなければと考えています。
その上で、たとえばホテルを建築から全館丸ごとデザインするような大きな仕事にチャレンジしたいですね」

Profile

西脇一郎(にしわき・いちろう)

東京都出身。
84年、桑沢デザイン研究所卒業後、飯島直樹デザイン室勤務。
91年、有限会社西脇一郎デザイン事務所設立。
97年、有限会社エヌ・プランニング設立。
2006年、西脇一郎デザイン事務所およびエヌ・プランニングを株式会社へ移行、代表取締役を務める。
代表作に「中国料理『花梨』」「MIKIMOTO Ginza2」「ミニプラ」全国展開「EARTH」全国展開、他多数。

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