ロレックスブランドを設立した若き実業家ハンスは、主に業務提携や企業買収で商品開発を行った。
まず、エグラー社と卸売権を持つ代理店契約を結び、精度の良いムーブメントを調達。数々の精度賞を獲得する。
次に、オイスター社とムーブメントを守るねじ込み式リューズと裏ブタを組合せた防水のケースを開発し、
特許を取得した。
最後に、自社開発で全回転方式の自動巻き機構(パーペチュアル)と
午前0時ぴったりに日付がかわるデイトジャストを完成。
のちにロレックス3大発明と呼ばれ、「実用性」という「新価値」を実現することになった。
また、商品に力を注ぐだけではなく、彼はプロモーションやチャネル施策にも貧欲に取り組んだ。
そしてハンスが最初に仕掛けたのは、オイスターケースが特許を獲得した翌年の1927年、
ロンドンの速記記者メルセデス・クライツがドーバー海峡を横断した時である。
ハンスはこの女性スイマーにロレックスを提供し、ドーバー海峡横断に携帯してもらった。
イギリスからフランスへ、15時間15分の水泳に、ロレックスは彼女の腕に随行したが、
何の問題もなく、時を刻み続けた。
その結果、水をシャットアウトし、塩分を含んだ空気でも痛まないこの時計は、
衝撃的なニュースとなって全世界に知られることとなった。
そして決定的だったのは、1953年、ジョン・ハント率いる英国遠征隊がエベレスト登頂に成功した際、
ニュージーランドのエドモント・ヒラリー卿とシェルパのテンジン・ノルゲイがロレックスをつけていたというニュース。
マイナス25度、地上8848mという最悪な条件の中でも、ロレックスは時を刻み続けたのである。
これらのニュースからロレックスの圧倒的な実用性が世界中に認知されることとなった。
これを広告で達成しようとしたら、莫大な予算と長い年月がかかっただろう。
ところがハンスは、自分の知恵と行動力でいとも簡単に成し遂げてしまったのである。
こうして知名度とブランドを獲得したハンスは同様に、知恵と行動力で、チャネルを押さえることにも成功し、
販売においても大きな結果を出すことになる。
1930年代から急速に知名度を高めていったロレックスは、その知名度を利用して、
ブッフェラー、ギュベリン、チューラーといったスイス国内の一流販売店で取り扱ってもらえるようになった。
当時の、まだブランド力のなかった頃のロレックスには、
これらの販売店の名前が文字盤に刷り込まれているものがある。
いわゆるWネームというものだが、こういう、相手のブランドを借りて展開するというのもロレックスのうまさである。
このコラボレーターのひとつには、なんとティファニーもあった。
さらに1940年代になると、南米や北米マーケットにも進出するようになった。
商品性能と認知、好意だけではビジネスは成功しない。それが誰にでも手に入らなければしょうがないからだ。
現在のように、インターネットを使えばどうにかなる時代ではない。
こういう時代に、積極的に大手一流販売店に進出していったのもハンスの行動力のたまものだろう。
最後にまとめてみたいと思う。後発、ベンチャー、時計商のハンス・ウィルスドルフが成功できたのは、
1.既存カテゴリー(時計)の中に、新しいカテゴリー(腕時計)を作り、その先駆となった。
2.新しいカテゴリーに新価値(実用性)を打ち出した。
3.絶え間ない努力で、実用性という新価値を現実のものにした。
4.商品の特長を用いて、それを巧みにニュースに仕立てていった。
5.上記全てを利用し、一流販売店に置いてもらうように交渉した。
これらはそのまま、後発、ベンチャーのマーケティングのお手本になると思う。
もし、あなたがこういう境遇の方なら、ぜひともロレックス、ハンスを手本にして、がんばってみて欲しい。
(ロレックス編 了)