27歳の春、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に
留学した日の朝から、著書『吾人の任務』は始まる。
ときに、1989年3月31日。
大学卒業後、商社マンとしてプラント貿易に
従事していた堀義人青年は、自らの努力により業績を挙げ、
機会を捉えて社内留学の権利を勝ち取る。
そして、HBSで2年間学んだことを基に、
やがてアパートの一室からグロービス
(GLOBIS=グローバルとビジネスの合成語)を
立ち上げることになる。
「ハーバード経営学のエッセンスを、日本に居ながら誰にでも学べるようにしたい、
というのがグロービスの出発点でした」と振り返る堀学長。
そこで、より多くの人々に"学びの楽しさ"を提供したいと考え、夜間などの業務の負担にならない時間帯を選んで、
より多くの人が学べる仕組みを作ろうと思ったのがそもそもの始まりでした」
6年間勤めた商社を辞め、たった一人の起業であったという。
それから16年後の2008年4月1日、学校法人グロービス経営大学院が誕生した。
「06年4月より、グロービスは株式会社立の経営大学院として開学してきました。
そして、アジアNO.1ビジネススクールに向けた教育研究活動のさらなる加速、
また本家ハーバード大学のように、300年、400年と後世に残るものにしていきたいと考えたため、
今年の4月から改めて学校法人化することにいたしました」
学校法人化に伴うメリットとしては、
主に税制上の優遇措置がある。
株式会社の大学院と違い、
寄付金などによる収益をそのまま土地などの
資産購入にも充てることができるのである。
現在、グロービス経営大学院の本校キャンパスは
千代田区麹町のオフィスビルにて約150坪×6フロアほどを
賃借しているが、将来的には
"学校法人による所有"も視野に入れているという。
「どこの国でも、伝統ある大学の中心には象徴的な建物があり、そこに卒業生たちの思い出が詰まっています。
そうした施設は必要だと思います」
たとえば、本家ハーバード大学ならマサチューセッツ・ホール、ペンシルバニア大学にはカレッジ・ホール、
東京大学の安田講堂や早稲田大学の大隈講堂など、長い歴史を誇る大学には必ず"顔"となる建物が存在し、
卒業生のみならず周辺の住民からも同大学のシンボルとして親しまれている。
堀学長は、こうした施設の必要性を訴える。
その一方で、仕事帰りなどに通っている学生たちにとっての日常の利便性を考え、
東京・大阪・名古屋の拠点については「従来通り、市街地中心部の一等地に設置します」
と堀学長は言う。
「将来的には、どこか郊外に"本校"を構えたいと考えています。
そして、自分はその本校の近くに住みたい、と……。
逆に言えば、自分自身が将来住んでみたいと思える土地を選んでそこに本校を構えることになると思います」
まだ構想の段階ではあるが、未来の本校候補地の一つに、堀学長が愛してやまない「軽井沢」があるという。
本家HBSに負けない真剣さで課題に取り組む学生たち。ホワイトボードに注がれる視線が熱い
堀家の家族は毎年、夏休みになると軽井沢の別荘
――堀学長の表現を借りれば"山小屋"――で過ごすことにしている。
別荘購入の際、家族会議でいくつか候補地を検討していたが、
じつは堀学長は八ヶ岳の気候風土をより気に入っていたそうである。
しかし、最終的には奥様の意向を尊重し、軽井沢に決定したとのこと。
「今ではとても気に入っています」と堀学長は笑いながら語る。
家族が山小屋で過ごす期間中、堀学長は平日には東京、
週末は軽井沢という二重生活を送ることになる。
往復の移動時間やコストはかかるが、それでも、多忙な経営者にとって、
家族とのふれあいは何よりも貴重な時間。
言葉少ないながらも堀学長の、奥様と5人のご子息への想いが伝わってきた。
軽井沢では堀学長が初代会長を務めた若手起業家集団「YEO(YoungEntrepreneurs' Organization)」の
仲間が集うこともある。
私生活だけでなく、ビジネスにおけるネットワークの活性化にも役立っているようだ。
グロービス経営大学院では、06年10月からMBAの一部の科目が英語で学べるプログラムも提供している。
そして、09年4月からは、英語のみでMBAの学位が取得できるインターナショナルMBAプログラムが開講する。
「私自身、海外のメディアに紹介されたり、海外で講演を依頼されたりする機会が増えてきましたが、
グローバル化に伴い、日本の企業人にとって英語能力はいよいよ必須になってきます」
スイスのリゾート地・ダボスで毎年1月に開催される世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」、
あるいは昨夏からスタートし、第一回は中国・大連で開催された「大連ダボス会議」など、
国際的なイベントで講演してきた堀学長の言葉だけに説得力がある。
一見、英語教育偏重主義と誤解されかねないが、
その主張は、英語や欧米文化を無批判にありがたがる輩とはまったく違う。
「私はやはり、日本という国が好きなんです。好きだからこそ、この国の将来に危機感を抱いています。
このままではいけない。この国の仕組みに新しいイノベーションをもたらすバックアップができれば、
と考えています」
そのためにも、日本において世界的に認知されるブランドを構築しなければならない、
と堀学長は志を高く掲げる。
ちなみに"志"とは、堀学長が最も大事にしている言葉である。
グロービス経営大学院では年頭行事としてスタッフ各自が「今年の漢字」を選出しているが、
堀学長は毎年この字を選ぶという。
グロービスを世界中から学生が集まってくる経営大学院とすること。
そして、自身は「世界中から学生が集まる大学院にふさわしい学長となることが目標です」
と堀学長は遠くを見つめて自負を語る。
そして、ふと我に返ったように浮かべた含羞の笑みが印象的だった。