粟飯原社長が大学を卒業し、新社会人となった1996年は、
世に言う「インターネット元年」の翌年。
米マイクロソフト社が発表したWindows95が日本企業の間に
急速に普及、企業ホームページが続々と立ち上がり、
コンピュータが一部の専門技術職だけのものから、
日常的なビジネスツールとして徐々に浸透し始めた時期であった。
新卒で入社した日本電信電話株式会社(現・NTTコミュニケーションズ)では先端ビジネス開発センターに配属。
粟飯原社長はここで4年間、電子商取引システムや
電子マネー開発のマーケティング担当として、
黎明期のインターネットビジネスにインフラ面から
携わることになる。
「“マルチメディア人材”という言葉に惹かれて入社しました。
当時の社内の空気はとても自由で、
のびのびと仕事ができる環境だったと思います」
しかし、そんな職場環境に安住することなく、
粟飯原社長は新天地を目指して2000年に株式会社リクルートに転職する。
居心地の良い環境を捨て、敢えて転職という道を選んだ理由について、粟飯原社長は次のように言う。
「NTTコミュニケーションズは、どちらかといえばインフラ事業が中心でした。
わたしは在職中に『OL美食特捜隊(http://www.tokuso.com/)』や『よせがきコム』という
サービスサイトを立ち上げてみましたが、やはりコンテンツ事業をやってみたいという気持ちが強く、
転職を決意しました」
リクルートでは一転して、厳しい上司と職場環境に直面することになった。
「夜中の2時3時に帰るのは当たり前。朝から晩まで仕事漬けの毎日でした」
とはいえ、そんな多忙な日々も、苦にはならなかったと粟飯原社長は言う。
リクルート入社の1年後にオールアバウトに出向し、生活に密着した多彩なコンテンツの立ち上げに従事。
また、業務の合間を縫って、将来的にやってみたいコンテンツサービスの準備として
あらかじめ複数のドメインを取得するなど、先々を見越して積極的に手を打っていたという。
「たとえば、その頃いくつかの会社でぽつぽつサービスが始まっていた『おとりよせ』ですが、
これがいずれブレイクするのではないかと、当時(01年)otoriyose.netのドメインだけは取得していました。
じつは、ドメインだけ取得してまだ着手していない事業は、他にもいくつかあります」
淡々と語る、ものやわらかな口調と物腰の中に確たる自信が感じられた。
「ちょうど『中食』がブームになり、トレンドが外から中へ中へと移行していった時期だったので、
時流にうまくマッチングできたと思います」
同じ頃、インターネット上では個人のホームページ乱立が一段落し、
誰でも簡単に開設できる“ブログ”が次第に広まりつつあった。
草創期のブログを趣味で巡回していた粟飯原社長は、ブロガーに主婦層が多いこと、
主婦の書くブログの内容は得意料理のレシピなどが多いということに気づく。
「レシピを扱ったブログの内容はとても興味深く、それぞれかなり高いレベルに達していましたが、
たくさんのブログを一つひとつチェックするのは大変です。
そこで、こうしたブログのまとめサイトがあったら便利だろうなぁと思って立ち上げたのが
『レシピブログ(http://www.recipe-blog.jp/)』です」
粟飯原社長の発想は、常に利用者の目線で
「こんなサービスが欲しかった」「こんなサイトがあったら便利だろうなぁ」を探し、
それを実現することから始まる。
すると、期せずしてそれが時流にマッチし、ごく自然にビジネスモデルとして成立していくのだという。
「おとりよせネット」「レシピブログ」に続いて、
粟飯原社長とアイランドは「朝時間.jp」の立ち上げに着手する。
アサヒ飲料の缶コーヒー『ワンダ モーニングショット』の成功は、
味や原材料や抽出法など変わりばえのしない切り口だけで他社と競合してきた缶コーヒー業界に、
初めて“飲む時間帯”という異文化の切り口を持ち込んだことだという。
同じように、コンテンツやジャンルや機能で差別化してきたWEBサイトに
“利用する時間帯”という切り口を持ち込んだ「朝時間.jp」は、多くの業界から注目を集めている。
「新しい事業を始めるときは、まず損得を考えるのではなく、それが素敵かどうかを常に考えてきました。
これからも、私自身と等身大の存在である女性をターゲットに『ありそうでなかったサービス』を
2年に1本くらいの割合で事業化していく予定です」