尾瀬を訪れた有無に関わらず、
誰もが一度は聞いたことのある歌、
夏がくれば思い出す
はるかな尾瀬 遠い空
尾瀬を歌った名曲「夏の思い出」である。
同曲は、昭和24年(1949)、NHK「ラジオ歌謡」にて
初めて放送され、その美しい作詞とメロディにより、
日本中に尾瀬の名が広まるきっかけとなった。
尾瀬沼、尾瀬ヶ原は福島県、群馬県、新潟県にまたがる東西6キロ、南北2キロに及ぶ日本最大の湿原地帯であり、
何百種類もの高山植物が自生する。
尾瀬の名が全国に広まるまでは、高山植物や地質学者、その学生たちなど、入山者もまれな地だったが、
歌の広まりとともに訪れる人々が急増した。
しかし、あまりの人気ぶりに、湿原植物が大勢の足によって踏み荒らされることになり、
またたく間に約1ヘクタールの湿原が裸地化されるという事態に陥った。
その後、1950年代より木道設置が開始され、同時に緑もなんとか回復を見せたという歴史を持つ。
そして木道設置は現在でも続けられ、その総延長は約57キロにも及び、
今では尾瀬に欠かすことのできない象徴的な風景となっている。
鳩待峠から入山して約15分、待望の木道が始まった。
これがかの有名な尾瀬の木道かと嬉しくなり、一歩一歩、しっかりと足を踏みしめて歩く。木道の幅は約50センチ。
一本につき一人で歩くのが精一杯だ。
木道の設置してある場所は平坦な地だが、時には川縁の高所を歩く箇所もあり、
つい足も鈍るが、何処までも続く木道は辿っていて、ただ楽しい。
途中、いくつもの花々に出会ったが、
名前を知っているものがきわめて少ない。
それでも何とか思い出してみようと
足を止めて花に見入ってはみるが、
花はただ静かに風に揺れるだけで、
その頭上を野鳥たちのさえずりが、
笑うように響き渡る。
花々の隣には、何本もの巨木が苔むし、
幾重にもからまりあった根が、
尾瀬の一万年の歴史を静かに物語っているようだ。
静かで深い尾瀬の山中に、
うっそうと茂った木々の木漏れ日に照らされた木道が、
どこまでも続いている。
尾瀬ロッジを抜けると立ち並ぶ木々もない、平坦な地に出た。
さらに足を進めると突然目の前に、広大な尾瀬ヶ原が広がった花もなく、
どこまでも続く草原に高い空。
これが名高い尾瀬のワンシーンだと深い感動に出会う瞬間だ。
あちこちに点在する小さな沼のような池塘に青空が映って美しい。
のぞき込んでみるとと小さな白い花をつけたヒツジグサの葉っぱの間を、
アカハライモリが不器用な格好で泳いでいくのが見てた。
木道に作られた休憩場でリュックを降ろすと
そのままごろんと仰向けになって
両手を思い切り天に向かってあげてみる。
空、山、風を、つかまえてみるかのように
高くたかく手を伸ばす。
人気のない秋の尾瀬ヶ原に見とがめる者は誰もいない。
そよぐ風に真っ青な空、
見上げながら思わず口ずさむ歌は、
はるかな尾瀬、遠い空
そのままどのくらい時間が過ぎたのか、
ふと気づくと辺りは朱に染まり始めていた。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
急いでリュックを背負い、もう一度広がる尾瀬ヶ原をぐるっと見渡してみた。
やがて夜が訪れると、どこまでも青白い月光の下、クマが、狸が、草が、風が
銀色に波打つ草原で自在に遊ぶのだろう。
一万年前から変わらぬ、尾瀬の自然にだかれながら。
尾瀬ヶ原に夕焼けが訪れた。今日も一日、静かな時間が尾瀬をゆったりと包んでいく